1984年から続くこの国際ガラス展が、種々の困難があろうなか第10回展を迎えられたことに、日本のガラス作家団体として、
また一人のガラス作家として深く敬意と謝意を表します。私もこれまで出品者として参加した経験があるので、
応募者になっている気持ちで作品写真を拝見しました。作家がどういう苦労をしているか、各応募者のなるべく良い所を
見つけたい思いでした。このような大規模なコンペでは写真で第一次審査をするのは当然ですが、そのような中で満足でない
写真が目についたのは残念でした。ドラマチックな写真を撮る必要はないのです。十分な照明を当て、全体像と作品が
どうなっているか説明できるものであればよいのです。実作と写真が違うことは十分解りますが、何回も丁寧に写真を
見ることよって作品の力を窺い知ることが出来ます。審査員は約8時間かけ、何度も写真を見直しました。
自戒をこめていうのですが、何度も入選されている方が同じ傾向のもので応募されるとき、作品自体に力はあるのでしょうが、
見る側は少しでも新たな展開を期待します。また先人の作品に何の影響もなく創作するのは難しいことです。
しかしそれを半歩でも進めていくのが作家の宿命です。「選外」の通知をもらうのは辛いことです。私も経験がありますが、
自分の進むべき方向に疑問が湧くかもしれません。この展覧会の初期から関わり3年前に他界した父が最期に残した言葉は
「強い意志で自分の道を歩め。」でした。ガラスに限らずおよそどんな芸術も人の心を浄化し、元気づける力を持っています。
ひたむきに取り組むことだと思います。
今回も入選率16%、と厳しい選考となった。審査する側は画像だけで判断する難しさを考慮しながら慎重に作品の理解に
努めるわけだが、応募者も作品の本質がどうすれば伝わるか、撮影が難しい素材ゆえに、注意を払わなければ
ならないだろう。いくつかの先駆的な例を除いて、ガラスという素材が自由な表現のために用いられるようになってほぼ半世紀、
この間、素材の本質を生かした独創的な表現が、さまざまな手法の考案とともに多種多様に展開してきた。
もはや手法の新鮮さで作品の価値を訴えることは困難になっているといえるほどである。それだけに、造形力、表現力、
ともにより充実した内容が問われるわけで、ガラス芸術の真の成熟を期待したいところである。応募作品中、ガラス棒、
板ガラス片、ガラス・チューブなどの既成のガラス製品、あるいはあらかじめつくりおいたおびただしい数のパーツを、
造形のエレメントとして集積する手法が散見された。それらの中には、集積によって生み出されるエネルギーや、
ガラスだけが持ちうる光学的効果によって、意表を突く印象深い作品もあった。しかし他方で、フォルムの必然性が希薄で、
とりとめなく拡散してしまう危険性も垣間見られた。一方、古典的技法を独自の文脈でとらえ、丹念な手仕事で完成度の
高い作品に結晶させた作品が、若手、ベテランの双方から少なからず提出されており、本展の意義を高めている。
水田順子 北海道立旭川 近代美術館 副館長 |
国際ガラス展が10回を数え、主旨の目的を強く意識する審査会となった。
一次のスライド審査は総点数456点。海外からの公募点数が少し減じたが、国内点数が172点と前回の163点より多く、
特に石川・富山・福井と北陸から若い層の応募が目についた。スライド審査では、よく指摘されるスライド作成上の欠点も
多少あったが、作品の形態、大きさ、表現の技法、色彩、イメージ等を含み、何度も見直し長時間かけ評価をした結果、
20カ国74点をスライド審査通過作品として決定することができた。スライド審査の印象としても、前回より作品のレベルも高く、
また新鮮でデザイン面でもクリエイティブな要素や感性の訴求が強く感じられた。
国際ガラス展が開催されてからすでに23年。この間、金沢でもガラス造形への理解と人材育成の広がりも見られる。
地元の審査員として、当地域の多彩な工芸土壌と連動し、ガラス文化の創造活動が更に意欲的になることを期待したい。
小松喨一 金沢卯辰山 工芸工房館長 (財)石川県 デザイン センター |
スライド審査の結果については、本審査の審査員の方々より概ね合格というご意見を頂いたので、審査員の一人として大変
うれしく思っている。前回も前々回も、実際の作品よりスライドのほうが良く見えるという作品がいくつかあったが、
今回はスライドで見るよりも実物のほうがずっといいと思える作品が多く見受けられた。興味深い作品が大変多く、
賞の選考はなかなか難しくなりそうだ、というのが第一印象だった。表現の方法や技法も非常にバラエティに富んでおり、
一つ一つの作品のレベルが平均的にアップしているという印象をもった。
今回も日本の作家の応募数が大変多く、入選した作品も日本の作家のものが多く充実していたように思う。
最近のこうした状況は、おそらく日本のガラス教育のシステムがかなり充実してきたことを示すものであり、
そこで学んだ若い人たちが毎回、新鮮かつ独創的な作品を積極的に出品してきているからだと思う。大変よろこばしいことだ。
作品の選考については、投票結果をもとに、審査員が率直にいろいろ意見交換をし、推薦作品の理由説明も大いにやった。
議論自体は大変意義のあるもので、最終的に残された作品は、どれがグランプリに選ばれてもよかったほどの内容だった。
コンセプトの違いや表現、技法のオリジナリティなどがわずかに異なった評価を生み、賞の順番が決められた、
と言っていいだろう。審査員特別賞として私が選んだ作品は日本の作家のものだったが、非常に神秘的な表現で、
「間(ま)」という日本独特の空間に対する伝統的な美意識をガラスでやろうとしているところに強く惹かれた。
若い作家がそうした方向にも興味関心を持って表現の冒険をしているのがうれしい。
武田 厚 了徳寺大学 教授 美術評論家 |
まず、今回のグランプリ作品をひと目見たときに、本当に驚いた。3年前のグランプリ作品は、一見ガラスに見えない、
氷の大きな塊のような作品だった。今回のグランプリ作品も同様の驚きを覚えた。マイヤー氏が「大切なことは、やはり
他の作品と違うものを勇気を持って作ることだ」とおっしゃっていたが、私もそれに賛成である。今回の作品の中では
最も挑戦的な作品だったと思う。
第10回記念特別賞の作品はとても日本的な感じがし、月をすてきなシンボルとしてとらえていた。金賞の作品は、
今日本に住んでいるチェコの作家が作った作品だが、チェコと日本という二つの世界がこの金沢で出合ったというところに、
大きな意味があると思う。つまり、このコンペを介して、ということである。また、銀賞の「密空」と名付けられた作品は、
金賞が二つあれば金賞にしたかった。非常に日本的な感覚を感じた。同じく銀賞に選ばれたドイツの作家の作品は、
鳥の羽のように無数のガラス片が使われていて、見た途端にヨーロッパの雰囲気が感じられた。また、奨励賞に選ばれた
黒い作品「"DATA TURBINE III" 2007」はフォルムが非常に面白い。これはエストニアから送られてきた作品だが、
珍しい国から作品が送られてくるのもこのコンペの面白味だと思うので、この作品が選ばれたことをうれしく思っている。
私が審査員特別賞として選んだ作品にはエングレーブ(手彫り)が施されているが、このエングレーブの技術は非常に
レベルが高いと思う。ほかにも多くのいい作品があったので、もっと小さな賞がたくさんあればと少し残念に思っている。
イジィ・ ハルツバ ガラス造形家 (チェコ) |
「国際ガラス展・金沢2007」の本審査の審査員としてお招き頂きありがとう。
このコンペに応募した作家たちは第一次審査の厳しい基準に気が付いたのだろうか。本審査に出品された作品は
これまでよりさらに質の高いものだ。作家たちは、この国際ガラス展には最高の作品を出品しなければと思い始めた。
現在、世界のガラス作家たちはさまざまな技法やプロセスを探究している。この応募作品を通して、作家たちの伝統的な、
また型やぶりな創造と表現がかいま見える。応募作品を最初に見た時、各賞を決めるのは困難だろうと思った。
作品を選んだり取り除いたりしている時、5人の審査員たちが各賞について共通の視点を持っているのはうれしいことだった。
客観的にまたプロに徹して審査ができた。私の賞については、初めてその作品を見た時の印象がずっと残った。
引きつけられたのは感情的な反応であり知的な反応ではない。第一印象は正しいことが多い。45年間ガラス作品を見てきて、
「ひとめぼれ」もいいだろう。今回出品された作品の中に、さまざまなスタイル、フォルム、技法、新しい発想を見た。
この「国際ガラス展・金沢」は今日の世界のグラス・シーンを見るにふさわしく、すばらしい。
ぜひいらして、創造性と技法が合体すると、いかに美しい感性を秘めたガラス作品が生み出されるかを感じてほしい。
ジョエル・ フィリップ・ マイヤー ガラス造形家 (アメリカ) |
私はこれまでいろいろなガラス展を見てきた。この展覧会でも、最初のスライド審査ではたくさんの作品が世界中から
送られてきたと思うが、その中から今ディスプレイされているような質の高いものを選んでくださったことにまず感謝する。
スライド審査は、世界中で今、ガラスの世界に何が起こっているかということが分かって、非常に興味深いものだったのでは
ないだろうか。
日本で催される展覧会やコンペティションのほとんどは、国際とうたいながら、どこか日本的なものになる傾向がある。
しかし今回は第1次審査で非常に優秀な作品が選ばれたおかげで、私が授賞作品を選ぶ過程では全く国籍を考える
必要がなかった。それが今回のガラス展が特に質の高いものとなったゆえんであろう。一審査員として、非常に質の高いものを
選ぶことができたことに満足している。審査員間で時には異なった意見もあったが、最終的には同じ方向を向いて、
質の高いものを選んでいこう、変化に富んだものを選んでいこうということで全員が一致していたと思う。
私の名前が付く賞については、大賞や特別賞とは全く別の方法で、私のプロフェッショナルな目で選んだ。小さな箱が
幾つかある作品だが、この作品を見ていると、何か匠の技のようなものが感じられた。決して美術館に収めるような目立った
存在の作品ではないが、自分の家に置いておきたいと思うような、私が本当に気に入った作品である。
ヨーン・ スコーウ・ クリステンセン ガラス評論家 (デンマーク) |
今回の「国際ガラス展・金沢2007」の応募作品を見た第一印象は、質の高い優れた作品が多く集まったということだ。なかで
も、日本の作品はとてもよかった。どれも力作揃いで、結果的に、私の選んだ作品は、海外作品より日本の作品のほうがちょ
っと多かったと思う。私は他にもガラスアートのコンペティションを幾つか見て来たが、さすがにこれは国際的なコンペティ
ションだと思った。良質の作品が多くて優劣付けがたく、選定には苦労した。しかし、審査員がそれぞれ推薦したり、ディス
カッションしたりして相互に納得し、より客観的な評価ができてよかったと思う。
私も作家の一人として考えていることは、誰のものでもない、自分独特の特徴あるものを作り出すのにどうしたらいいかとい
うことである。そして、実際に見る人々に語りかける表現を心掛けており、表現というものを非常に大切にしている。私が今
回、自分の名前を付けた賞に選んだ作品は、技術と表現のバランスが非常によく取れていて魅力を感じた。作品からは、まず
表現の美しさを感じたし、微妙な表現を作り出す工夫、そんなものが相まった、センスのいいデザイン的な表現だと思った。と
てもいい作品だと思う。
今回の審査に当たっては、雑念を払うことを心懸け、そして自分の心にまっさらなフィルムを入れて見る。そして、ぱっと
何か感光したものを選ぶ、そういう気持ちでずっとすべての作品を見て審査を行った。
横山 尚人 ガラス造形家 (日本) |
ガラス造形家、
日本ガラス
工芸協会
理事長