Discussion
講評会

総 評

武田 ───── 受賞作品についての講評は以上ですが、時間もまだありますので、審査を終えて全体の感想を審査員の方々に少し語っていただいて、それから皆さんから率直に、どんなことでもご質問いただきたいと思います。

 

カールソン ───── 前にもお話したのですが、この国際ガラス展に参加する機会は、アーティスト、参加者、ガラス作家にとってとても重要です。というのも、私たちはみんな熱望を持っているからです。その熱望とは、ほとんどの人が知っています。私のような立場の人間にとって、審査員になる機会を持ち、私自身の経験を共有することは大切です。私は自分のキャリアを積み重ねていく時に、常に展覧会に関わり、自分自身を一定の水準におき、自分の作品と仲間の作品が比較され、評価されるようにと試みてきました。

 このような機会に参加しながら、私たちは審査員たちや仲間の芸術家に評価されます。そんな中で私たちは学ぶチャンスがあります。このような形で自分の作品を人目にさらすことから尻込みするべきではないと、私は思います。皆さんの中には恥ずかしがり屋の人もいるかもしれませんが、あなたのアートはあなたの代わりに語りかけてくれます。例えば、自分の作品の価値を友人や仲間のアーティストたちに理解してもらうように話してごらんなさい。私たち作家の仕事というのは、ビジュアルなものであり、見られるものです。ですから、この国際ガラス展のような機会は、皆さんが自分のキャリアや作品のスタイルを発展させ、変化させ、成熟する段階では、とても重要です。

 石川デザインセンターやそこで働く人々は、このガラス展に多大に貢献してきたことでしょう。ガラスの作品を扱い展示してくれる人々、また今回ここにいる審査員たちも深く関わってきました。この国際ガラス展は、まさに国際的なイベントです。どこの国からも応募できる、このガラス展は、今のところ世界でただひとつだと思います。ですから、この経験を大切にしましょう。

 もうひとつ皆さまに言いたいことがあります。作品の梱包は慎重にしてください。そうすれば、次回の国際ガラス展では、作品が壊れてしまうということがないと思います。というのも、誰かのすばらしい努力とエネルギーが、作品の破損を理由に審査してもらえないのは、残念でなりません。梱包の仕方がわからなかったら、私に連絡をください。

 

ラーセン ───── 作品を正しく理解することは、心の窓を開き、五感を開き、何よりもまず目を開くようなものです。作品のビジュアリティ、そしてもちろんガラスのビジュアリティについて、私たちは今日さまざまに話し合ってきました。

 この「国際ガラス展・金沢」はすばらしい可能性を持っています。一般の人にとって、また作品をつくる人たちにとって、またアーティストたちにとって、また美術館関係の人たちにとって、またすべての人にとって、いま世界のガラスシーンにどんな動きがあるか分かります。また、これまでの何年間にどれだけ進歩を遂げたかも分かります。

 個人的なことをお話しすると、金沢に来て、日本に来て、多くのすばらしいガラス作家たちの作品を見て、ガラスの可能性についてよく理解することができました。

 皆さまご存知のように、私はデンマーク出身です。デンマークでは、藤田喬平さんと彼のすばらしい作品について何年もの間よく知られています。これまで私が仕事をした美術館のいくつかにも、彼の作品が収められています。私は、彼の作品を長年見てきました。そして今、日本のガラスシーンがとても多様化してきたことを見て、とても感動しています。

 私がここで見たものを情報としてデンマークに持って帰りたいと思っています。また、多くの日本のガラス作家や学生たちがデンマークに来て下さることを願っています。デンマークのガラスに関わる人々と出会う可能性があります。このような交流は、作品にとっても、人々にとっても大切です。さまざまな事柄がさらにいきいきとしてきます。それこそすばらしいインスピレーションです。この「国際ガラス展・金沢」は、未来のコミュニケーションにとっての大切な一歩です。国際ガラス展がこれからもずっと発展していくことを望んでいます。こんなチャンスをいただき、ありがとうございます。秋に開かれる「国際ガラス展・金沢2013」が、このインスピレーションの力を持って、ガラスに関わっているすべての人々を魅了することでしょう。

 もう一言。カールソンさんがよく言っていますが、私も実践的なことをお話しします。今日ではもちろん、コミュニケーションは以前に比べて簡単になりました。インターネットがたくさんの人をつなぎます。デンマークの研究機関も、ガラスに関わる人々もウェブサイトを持っていて、多くの情報を知ることができます。ぜひインターネットを活用してください。

 

横山 ───── 今回もいい作品に出会えてよかったと思っています。受賞した上位の作品は、見た瞬間にこれはいいなと、賞に選びたいなと思ったほどでした。私は作品を選ぶときに、この作品のいいところはどこだろうかということを見ます。それが難しいこともあります。そういうときは、創作としてのガラスであるか、独創性があるかというようなことに戻って、その視点から今回も審査しました。大いにディスカッションして、大変気持ちよく充実した審査をすることができたと思います。

 最後に一つ、集まった作品の中に、残念なことに、非常に完成度が高くてすごくいい作品なのに自立に難があるもの、不安定なもの、あるいは本当に壊れやすいものなど、扱う人泣かせの作品がありました。これは、自分の作品を扱ってくれる人がいるのだということ、それから自分の作品を見てくれる人がいるということを意識する、そういうことを忘れないことが作家の心構えとして大事なことではないかと、今回審査を通して思いました。ありがとう。

 

武田 ───── ありがとうございます。私も一言短く申し上げますが、今回の最終審査も含めて、日本のガラス界の大学や研究所など様々な教育機関が、20〜30年以上の歴史をもって行ってきたことの成果が、この数年で非常にはっきりと出てきたと思います。日本のガラス作家の作品の密度の濃さ、バラエティー、変化の多さなど、いろいろな意味で脚光を浴びるだけの内容を生み、成果をつくり出していることがはっきりとした形で見えてきていると思います。今度の審査でもそれがはっきりしました。日本のガラス界では、実際には美術館、その他の各ガラス展の主催団体等がかつてのようには活発に活動していないようですけれども、それは時代の流れもあります。いつかまたそういう時代が来ます。大事なことは、ガラス制作に携わるアーティストたちの個人個人の制作の方向性ですので、それに期待したいと思います。

 先ほどもカールソンさん、ラーセンさんもおっしゃっていましたが、今の時代で、特にガラス界というのは昔からそうですが、国境のない不思議な美術界です。絵画や彫刻、一般的な工芸などでは、日本という国の地理的な問題も含めて、国際交流は難しいものがありました。ところが、ガラス界は全くそれとは異質で、作品を通して、人を通して国境のないコミュニケーションが可能であり、これからますますそれを活用して隣に座る人が日本人でないということが当然だという意識で広げていってほしいと思います。恐らく、主催団体側もそう感じていると思います。そうすると、グラスアート、あるいはグラスアーティストとしての地球を一またぎというか、地球全体の中で生きている作家という認識が非常に強くなると思います。ガラスにはそういう素晴らしい何かが存在していると思いますので、私もそれをぜひ皆さんにもおすすめというか、なお一層そういうことを意識して活動していただければと思います。

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